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ミュージカルも叫ぶ時代か。

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『タイム・フライズ』無事に終演いたしました。

ご来場いただいた皆様、応援して下さった皆様、本当にありがとうございました♪


実に、革命的なミュージカルだったんじゃあないかと思います。

小劇場特有の、熱情と興奮がそこにはあり、おどろきました。

・・これ、ミュージカルだよねぇ。


おそらくは、作品のテーマ自体が、声をあげて叫ぶこと(シュプレヒコール)、だったから。

熱くなってみせるのが、必須だったから。まるでアングラだったんだな。


現代人として、すこしだけネガティブな意見を言えば、「ああ、無事に叫べてよかったな」と安心したりもして。


「当時、学生運動やってたのよ~」とおっしゃるお客様に、つい「嘘はありませんでしたか?」と聞いてしまった。

演劇なのである意味では当然に嘘なのですが、せめて声だけでも目だけでも、嘘無きよう祈りたい。


とにかく、再演を繰り返し、成長し、後世に残すべくと語られるような、そんな作品になりますよう。


しかし、とにかく会う人会う人に「昭和がよく似合う」と言われた。


あたりまえだ。昭和万歳。


余談だが、往年の名番組ジェスチャーに出演していた若かりし石坂浩二を見て、「似てるな・・」と思ったことがあった。


写真は、↑月組の全共闘のメンバーと、↓私・芹沢が居候していた富田家に集まる面々。

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いやぁ、石坂浩二だ。となりの富田君(松下祐士)は、ロビーで「たこ焼き」と呼ばれていたらしい。

昭和だ。





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時は流れ。


千秋楽。

劇場におります。

あと一回、叫んできます。


今回、こんなんです。


闘ってます。


時には昔の話を、しようか。


そういえば・・、『タイム・フライズ』やって、学生運動を演って、


これも縁か、と思い、記事を書いてみます。スタート。



PCでこのブログを見た場合、カテゴリーってあるでしょう?

最近は舞台告知が長すぎてOFFにしてあったので、しばらく表示してませんでしたがw


そこに『日記』や『雑記』『お知らせ』と並んで『時には昔の話を』っていうのがあって。


これ、なにかっていうと、まあ、わかる人はすぐわかるんだと思いますが、

加藤登紀子さんの曲『時には昔の話を』から、とってます。


日本を代表するアニメーション監督、宮崎駿さんの作品『紅の豚』のエンディングテーマで知っている人が多いでしょうか。



歌詞が好きで。とても。



> 時には昔の話をしようか
  通いなれた 馴染みのあの店
  マロニエの並木が 窓辺に見えてた
  コーヒーを一杯で一日
  見えない明日を むやみに探して
  誰もが希望を託した
  揺れていた時代の 熱い風に吹かれて
  体中で瞬間(とき)を感じた そうだね

  道端で眠ったこともあったね
  どこにも行けない みんなで
  お金は無くても なんとか生きてた
  貧しさが明日を運んだ
  小さな下宿屋に 幾人も押しかけ
  朝まで騒いで眠った
  嵐のように毎日が 燃えていた
  息が切れるまで走った そうだね

  一枚残った写真をご覧よ
  ひげづらの男は 君だね
  どこに居るのか 今ではわからない
  友達も幾人かいるけど
  あの日の全てが 空しいものだと
  それは誰にも言えない
  今でも同じように 見果てぬ夢を描いて
  走り続けているよね どこかで



・・僕としては、これを聴くと、

芝居を始めたころの仲間と『劇団やろう!』だとか『俺たちどんな芝居が演りたいんだろう・・』なんて言ってた時代が、よみがえるのです。

馬鹿なこととか、くだらないこととか、ケンカとか、それぞれの家に押しかけて朝まで語って帰ったとか、呼吸が出来なくなるくらい笑ったとか、誰が誰を好きになっちゃったとか、
ひとりがいなくなったりだとか・・、


とにかく・・まあ、そんな時代ね。



だから、なにか・・昔のこと(追憶)を書こうと思ったときに、このカテゴリーに入れられたら、と題名をお借りしたんだけど・・。いまだにゼロなのは、追憶してるヒマが、あんまりないからw・・これはまあ、そのうち、ね。





そして本題・・。いま、学生運動の芝居を演っているから、『そういえば』と思ったんだけど。

この曲って、そもそもきっと、学生運動のオマージュになってるわけで。


説明するとですね、


加藤登紀子さんは、当時すでに歌手として人気があった存在ですが、学生運動にも積極的に参加していてた人。

夫の藤本敏夫さんとは、学生運動を通じて知り合います。彼は羽田闘争や国際反戦デーにも参加したリーダー的存在。

集会で歌ってくれと頼む藤本氏に、歌を政治的に利用するならば不本意であるとし、加藤さんが断ったのが交際の始まりだそう。

『そのまま飲みに行って朝まで語り明かし、夜明けにはキスをしていた。』というエピソードがあるんだとか。

その後、防衛庁襲撃事件で逮捕された彼と、獄中結婚をしたというのは有名な話。


物語が詰まりすぎていて、すべて語れませんので、知りたい方は彼女の著書『青い月のバラード』をどうぞw




そんな彼女が書いたこの曲、当時の空気や想いが、追憶という形だけれども、たしかに・・感じます。



ちなみに『紅の豚』で、あれは第一次世界大戦後の・・世界大恐慌のころかなんかのイタリアの『飛行艇乗り』の話なんだけど、加藤登紀子さんが空の男たちのマドンナ『ジーナ』役で声の出演をしていますが・・。

意図的かは知りませんが、シチュエーションが似てるのか、ジーナの台詞は、当時の加藤さんが学生運動をしていた仲間とのやりとりに聞こえたりして、いろいろ想ってしまいます。・・『紅の豚』も、観てない人はどうぞw





いま、こんな作品(タイム・フライズ)やってるのに、カテゴリーに題名を借りておいて、お話しないのもなんだな・・。と思って、書きました。これも、なにかの縁かしら。ということで。



ちなみに、加藤登紀子さんはLIVEに行くくらい好きだったりする。



おしまい。

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